2011年03月31日
香椎再開発急ピッチで進む
少し前ですが偶然に香椎再開発にともなう旧中央市場の
取り壊し場面に遭遇しました。
ここは西鉄香椎駅のすぐ裏手で再開発の進むこの地域で
最後まで昭和20年代のテイストを感じさせてくれる場所
でした。周辺の市場はすでに新築されておりここも取り
壊しは時間の問題だったのですが、いざ取り壊し現場に
遭遇すると私のような第三者でも感慨深いものがあり
ました。これでここら一帯の昔の面影は西鉄香椎駅前に
残された清張桜だけになってしまいました。


在りし日の中央市場です。
香椎川沿いの昔風のアパートです。ここもいずれ取り壊されます。
取り壊し場面に遭遇しました。
ここは西鉄香椎駅のすぐ裏手で再開発の進むこの地域で
最後まで昭和20年代のテイストを感じさせてくれる場所
でした。周辺の市場はすでに新築されておりここも取り
壊しは時間の問題だったのですが、いざ取り壊し現場に
遭遇すると私のような第三者でも感慨深いものがあり
ました。これでここら一帯の昔の面影は西鉄香椎駅前に
残された清張桜だけになってしまいました。

中央市場も取り壊されました。

西鉄香椎駅前の建物も壊されています。



タグ :香椎再開発
2011年03月30日
ハルトラノオ
ハルトラノオは漢字で書くと春虎ノ尾です。春先に咲く白い花が
虎(猫類)の尾っぽに見えるところからそう、呼ばれます。
イヌタデと同じ仲間ですがこちらは多年草で根っこで冬を越し
毎春、白い花を楽しませてくれます。
うちの庭ではなかなか花を咲かせてくれません。今年も一芽だけ
のようで寂しい限りです。夏に葉を枯らして休眠するのですが
葉を落とすのが早すぎるようです。今年は少し手をかけて葉のある
時期をながくさせてあげないといけないかもしれません。


http://www.yokamon.jp/shop/Y692/
虎(猫類)の尾っぽに見えるところからそう、呼ばれます。
イヌタデと同じ仲間ですがこちらは多年草で根っこで冬を越し
毎春、白い花を楽しませてくれます。
うちの庭ではなかなか花を咲かせてくれません。今年も一芽だけ
のようで寂しい限りです。夏に葉を枯らして休眠するのですが
葉を落とすのが早すぎるようです。今年は少し手をかけて葉のある
時期をながくさせてあげないといけないかもしれません。


http://www.yokamon.jp/shop/Y692/
タグ :ハルトラノオ
2011年03月30日
鎧坂と兜塚
表題の二つはどちらも香椎宮にまつられる神功香皇后
にまつわる言い伝えです。
鎧坂はこの場所を重い鎧を身に着けたまま皇后が通った
という言い伝えが坂の由来になっています。今でこそ
そこそこの坂ですが当時はもっと急坂だったのでしょう。
馬が上り下りに難儀したという話もあります。
また兜塚は鎧坂を下りきったところからJRをまたぐ
高架橋の手前にある香椎宮飛び地境内の中にあります。
この兜塚の言い伝えはなかなかミステリアスなもので
いつものようにアップで塚本体を撮影するのは憚られ
たので遠めでの撮影にしました。



にまつわる言い伝えです。
鎧坂はこの場所を重い鎧を身に着けたまま皇后が通った
という言い伝えが坂の由来になっています。今でこそ
そこそこの坂ですが当時はもっと急坂だったのでしょう。
馬が上り下りに難儀したという話もあります。
また兜塚は鎧坂を下りきったところからJRをまたぐ
高架橋の手前にある香椎宮飛び地境内の中にあります。
この兜塚の言い伝えはなかなかミステリアスなもので
いつものようにアップで塚本体を撮影するのは憚られ
たので遠めでの撮影にしました。

鎧坂の今です。

兜塚遠景です。

兜塚由来です。結構怖い言い伝えです。
タグ :鎧坂 兜塚
2011年03月29日
香椎球場跡と香椎花園
香住ヶ丘方面へ行った帰りに香椎花園のゴーカート場と中古車販売場
の裏を通った時に何やら蔦に絡まったコンクリートの塊を見つけにわかに
遺構好きの心が躍り近づいてしらべて見ました。現地は笹と蔦の藪の中
にあるため近くまでいけませんでしたが何かの跡であることは間違い
ありません。はじめ戦争遺構の防空壕かなにかかと思いましたが、それ
よりは新しいようです。帰って調べてみると香椎球場の跡でした。
現在の香椎花園はこの球場跡地に建てられたものでした。
1950年代前半には当時最強とうたわれた西鉄ライオンズの練習球場だった
そうです。1954年には大リーガーでマリリンモンローの夫のジョーディ
マジオがここで指導もしたとあります。小さい頃ファンだった西鉄の
中西太さんや稲生和久さんが練習した場所かと思うとちょっと興奮しました。
見つけた遺構は香椎球場のゲートのようです。今はすっかり藪の中ですが
内野スタンドの土手も一部残っているそうです。今は平和台球場もなく
西鉄ライオンズの記憶も歴史の中に埋まってゆくのでしょうか。



の裏を通った時に何やら蔦に絡まったコンクリートの塊を見つけにわかに
遺構好きの心が躍り近づいてしらべて見ました。現地は笹と蔦の藪の中
にあるため近くまでいけませんでしたが何かの跡であることは間違い
ありません。はじめ戦争遺構の防空壕かなにかかと思いましたが、それ
よりは新しいようです。帰って調べてみると香椎球場の跡でした。
現在の香椎花園はこの球場跡地に建てられたものでした。
1950年代前半には当時最強とうたわれた西鉄ライオンズの練習球場だった
そうです。1954年には大リーガーでマリリンモンローの夫のジョーディ
マジオがここで指導もしたとあります。小さい頃ファンだった西鉄の
中西太さんや稲生和久さんが練習した場所かと思うとちょっと興奮しました。
見つけた遺構は香椎球場のゲートのようです。今はすっかり藪の中ですが
内野スタンドの土手も一部残っているそうです。今は平和台球場もなく
西鉄ライオンズの記憶も歴史の中に埋まってゆくのでしょうか。

旧香椎球場のゲート跡です。笹のヤブに埋もれて近づけませんでした。


こちらは現在の香椎花園です。東北の方々を思ってか、春休みですが来園者は少ないようです。
タグ :香椎球場 香椎花園
2011年03月28日
彼岸桜(豆桜)が満開
先週開花宣言の出たソメイヨシノは寒の戻りで開花が進んでいません
が彼岸桜は今が満開です。例年ならもう散っている頃ですが今年は
がんばっています。花桃も咲き始めているのでこれからは花木が次々
に咲くので一年で一番楽しい季節です。



が彼岸桜は今が満開です。例年ならもう散っている頃ですが今年は
がんばっています。花桃も咲き始めているのでこれからは花木が次々
に咲くので一年で一番楽しい季節です。



ヒヨドリ君が密を吸いにやってきました。もうそろそろヒヨドリくんたちは北へ帰る
はずですがまだ里にいるようです。おかげでメジロなどが中々顔を見せてくれません。
http://www.yokamon.jp/shop/Y692/
はずですがまだ里にいるようです。おかげでメジロなどが中々顔を見せてくれません。
http://www.yokamon.jp/shop/Y692/
タグ :彼岸桜
2011年03月28日
旧福博電気軌道馬出電停跡
西鉄電車の前身の旧福博電気軌道の馬出の電停跡が残っていました。
現在は西鉄バスの停留所に使われています。
道路の微妙なカーブが電車道の名残でしょうか。
今はバス路線になって終点は箱崎神宮の参道前になっています。
市営地下鉄の出入り口にもなっています。

現在は西鉄バスの停留所に使われています。
道路の微妙なカーブが電車道の名残でしょうか。
今はバス路線になって終点は箱崎神宮の参道前になっています。
市営地下鉄の出入り口にもなっています。

2011年03月25日
旧福岡市動植物園跡
福岡市の動植物園は現在は小笹の丘陵地にありますが、戦前の旧
動植物園は東区の東公園近くの馬出小学校の場所にありました。
昭和8年戦争の近づく気配の中で開園され昭和19年に戦争の激化
の中で閉園されました。馬出小学校の正門隣に当時の動植物園
正門の一部が残されています。2匹の優しい顔の象の彫刻があり
当時の動物園の様子を写す写真掲示板も設置されています。
戦争前は博多の市民の憩いの場だったことが偲ばれる遺構です。
それにしても閉園当時、動物達はどうなったのでしょう。
悪い結果が想像され胸が痛みました。



動植物園は東区の東公園近くの馬出小学校の場所にありました。
昭和8年戦争の近づく気配の中で開園され昭和19年に戦争の激化
の中で閉園されました。馬出小学校の正門隣に当時の動植物園
正門の一部が残されています。2匹の優しい顔の象の彫刻があり
当時の動物園の様子を写す写真掲示板も設置されています。
戦争前は博多の市民の憩いの場だったことが偲ばれる遺構です。
それにしても閉園当時、動物達はどうなったのでしょう。
悪い結果が想像され胸が痛みました。

旧動植物園正門跡です。

ここで戦争前は多くの家族連れのお客様を迎えたことでしょう。

タグ :福岡市旧動植物園跡
2011年03月25日
在来種タンポポのピンチ???
皆さんは春の野草、タンポポに外来種と在来種があるのを
ご存知でしょうか。この二つは見た目はそっくりなのでちょっと
見分けが付きません。見分ける方法は一つは開花時期で、外来の
セイヨウタンポポは四季咲きというか春以外に夏でも秋でも花を
つけます。一方在来のニホンタンポポは春の一季咲きです。
もう一つの見分け方で花びらの付根の部分に総包といって、ひげ
のような突起物が付いていますが、これが大きく反り返っているのが
セイヨウタンポポでまっすぐにぴんと伸びているのがニホンタンポポ
です。
もともとはもちろん在来種が主体でしたがセイヨウタンポポは繁殖力
が強く勢力を拡大しています。若宮のブロガーのji-anさんの記事が
きっかけで気になって少し調べたところ、私が調べた限りでは香椎
周辺は一ヶ所を除いてすべてセイヨウタンポポでした。田圃の残って
いる香椎の杜でも西洋種でした。
綿毛で種を飛ばすタンポポは市街地ではすでに西洋種に占領された
のかもしれません。



ご存知でしょうか。この二つは見た目はそっくりなのでちょっと
見分けが付きません。見分ける方法は一つは開花時期で、外来の
セイヨウタンポポは四季咲きというか春以外に夏でも秋でも花を
つけます。一方在来のニホンタンポポは春の一季咲きです。
もう一つの見分け方で花びらの付根の部分に総包といって、ひげ
のような突起物が付いていますが、これが大きく反り返っているのが
セイヨウタンポポでまっすぐにぴんと伸びているのがニホンタンポポ
です。
もともとはもちろん在来種が主体でしたがセイヨウタンポポは繁殖力
が強く勢力を拡大しています。若宮のブロガーのji-anさんの記事が
きっかけで気になって少し調べたところ、私が調べた限りでは香椎
周辺は一ヶ所を除いてすべてセイヨウタンポポでした。田圃の残って
いる香椎の杜でも西洋種でした。
綿毛で種を飛ばすタンポポは市街地ではすでに西洋種に占領された
のかもしれません。

こちらが西洋タンポポです。総包が反り返っているのがわかります。

こちらが日本タンポポです。総包はまっすぐです。

タグ :ニホンタンポポ
2011年03月24日
春の山野草
今年は寒さで開花が遅れていた早春の山野草がつぎつぎに
花を咲かせています。今回ご紹介するのはフクジュソウと
ミヤマカタバミとアマナです。
フクジュソウはお正月飾りの花で有名です。北海道から
九州まで自生するキンポウゲ科の花です。艶のある黄色い
まるでパラボラアンテナのような花を咲かせます。昨年は
一芽だけ花を付けましたが今年は3芽見えます。夏越が難しい
ですが何とか増やしたいです。
ミヤマカタバミは山地の湿った場所で木漏れ日が指すような
場所で常緑の三つ葉で群落を作っています。透明感のある
白い花が魅力です。
アマナは果樹園などの草地で見つけられます。他の野草が
大きく育つ前に枯草の間から顔を覗かせます。アマナは
球根植物でチューリップの原種の親類です。園芸種のチュ
ーリップは色もカラフルで似ていませんが原種のものは
アマナとそっくりなものがあります。



花を咲かせています。今回ご紹介するのはフクジュソウと
ミヤマカタバミとアマナです。
フクジュソウはお正月飾りの花で有名です。北海道から
九州まで自生するキンポウゲ科の花です。艶のある黄色い
まるでパラボラアンテナのような花を咲かせます。昨年は
一芽だけ花を付けましたが今年は3芽見えます。夏越が難しい
ですが何とか増やしたいです。
ミヤマカタバミは山地の湿った場所で木漏れ日が指すような
場所で常緑の三つ葉で群落を作っています。透明感のある
白い花が魅力です。
アマナは果樹園などの草地で見つけられます。他の野草が
大きく育つ前に枯草の間から顔を覗かせます。アマナは
球根植物でチューリップの原種の親類です。園芸種のチュ
ーリップは色もカラフルで似ていませんが原種のものは
アマナとそっくりなものがあります。

九州産の福寿草は開花が遅いので葉と花が一緒に開きます。

ミヤマカタバミです。以前広島県の吉和村の渓流脇の杉木立の中で自生しているのを見ました。
木漏れ日の中で浮かぶ白い花の美しさは山野草ならではです。
木漏れ日の中で浮かぶ白い花の美しさは山野草ならではです。

タグ :福寿草 ミヤマカタバミ アマナ
2011年03月24日
新道寺小学校
東谷地区には小学校が2つ、中学校が1つあります。新道寺小学校に市丸
小学校、東谷中学校です。私は新道寺小学校を卒業しました。当時から生徒
数は少なく私の時は一学年2クラスで28人学級でした。すでに30人以下の
ゆとり教育を先取りしていました。私の時は市丸小学校のほうが大きかった
のですが今はセメント鉱山の事業縮小で生徒数が激減したと聞いています。
私の頃の母校は木造の校舎や講堂が残っていました。すでに取り壊されて
いましたが天皇陛下の写真を飾った建物の跡も残っていました。
当然プールも体育館もまだ建っていませんでした。プールは近くの東谷川の
支流で泳いだのを思い出します。たしか5年生の時に中学にプールが出来
授業で泳ぎにいった記憶があります。そんな母校もいまではすっかり立派
になっています。43年前に私達が卒業記念製作で作ったトーテムポール
が雨風にさらされてかなり痛んではいましたが残っていたのは嬉しかった
ですね。


体育館とプールです。当時はまだありませんでした。
雨の日の体育の授業は古い講堂で行っていました。
卒業制作のトーテムポールです。まだ残っていました。
体育でお世話になった鉄棒です。当時のままでした。
塀際の桜も昔のままで入学式の頃はきれいに咲きます。
校門正門脇のヒマラヤスギですと二宮金次郎象です。
これも当時のままでした。
小学校、東谷中学校です。私は新道寺小学校を卒業しました。当時から生徒
数は少なく私の時は一学年2クラスで28人学級でした。すでに30人以下の
ゆとり教育を先取りしていました。私の時は市丸小学校のほうが大きかった
のですが今はセメント鉱山の事業縮小で生徒数が激減したと聞いています。
私の頃の母校は木造の校舎や講堂が残っていました。すでに取り壊されて
いましたが天皇陛下の写真を飾った建物の跡も残っていました。
当然プールも体育館もまだ建っていませんでした。プールは近くの東谷川の
支流で泳いだのを思い出します。たしか5年生の時に中学にプールが出来
授業で泳ぎにいった記憶があります。そんな母校もいまではすっかり立派
になっています。43年前に私達が卒業記念製作で作ったトーテムポール
が雨風にさらされてかなり痛んではいましたが残っていたのは嬉しかった
ですね。


私が在籍した頃は木造校舎と簡易鉄筋の校舎でした。


雨の日の体育の授業は古い講堂で行っていました。


塀際の桜も昔のままで入学式の頃はきれいに咲きます。

これも当時のままでした。
タグ :新道寺小学校
2011年03月22日
弁財天通り(名島streets No5)
名島弁財天から名島神社へ至る参道です。
ダンベ通りにある弁財天の鳥居から参道を登り弁才天の横を通って
名島神社鳥居へと下る細いとおりです。看板は弁財天鳥居を登りきって
正面に弁才天を見る参道脇に設置されています。
ここから名島神社鳥居へ下るのですが道の脇には古いツバキやシイの木
が生えています。
次回はNo6、七兵衛屋敷通りです。


ダンベ通りにある弁財天の鳥居から参道を登り弁才天の横を通って
名島神社鳥居へと下る細いとおりです。看板は弁財天鳥居を登りきって
正面に弁才天を見る参道脇に設置されています。
ここから名島神社鳥居へ下るのですが道の脇には古いツバキやシイの木
が生えています。
次回はNo6、七兵衛屋敷通りです。


No5の看板は弁天様の参道脇に設置されています。
境内は立派な伽藍と巨木があり歴史を感じます。 タグ :名島弁才天
2011年03月21日
九州の鉄道発祥地
博多CITYから北へ500mほど行ったところに出来町公園という
都市公園があります。ここは明治の中ごろにできた九州の鉄道発祥
の地です。
九州鉄道は民間の鉄道会社としてスタートし、ここから久留米まで
つながっていました。その後石炭景気をバックに九州鉄道は発展し
明治の後半に国有鉄道となり、今の出来町公園の場所に2代目の博多駅
が出来ました。木造の洋風駅舎は今の門司港の駅舎に負けないりっぱな
物だったそうです。当時のギリシア風の鉄柱が3本残されていて先日
オープンしたJR博多CITY屋上のつばめの杜の中央に建てられて
います。現在出来町公園には発祥の地を記念して蒸気機関車の本物の
動輪を使ったモニュメントが残されています。



都市公園があります。ここは明治の中ごろにできた九州の鉄道発祥
の地です。
九州鉄道は民間の鉄道会社としてスタートし、ここから久留米まで
つながっていました。その後石炭景気をバックに九州鉄道は発展し
明治の後半に国有鉄道となり、今の出来町公園の場所に2代目の博多駅
が出来ました。木造の洋風駅舎は今の門司港の駅舎に負けないりっぱな
物だったそうです。当時のギリシア風の鉄柱が3本残されていて先日
オープンしたJR博多CITY屋上のつばめの杜の中央に建てられて
います。現在出来町公園には発祥の地を記念して蒸気機関車の本物の
動輪を使ったモニュメントが残されています。


本物のC611型のSLの動輪です。

製造番号標識です。
タグ :九州鉄道
2011年03月20日
鉄道神社
博多CITY屋上の「つばめの杜広場」に「鉄道神社」が創建されました。
参道には多くのテントの出店が出ていたので集客と話題づくりのイベント
かと思っていたら住吉神社から分霊した本格的なものでした。住吉神社は
海運、交通安全の神様です。鉄道神社もJRの輸送の安全を祈願したもの
です。調べてみると他にも東京、大阪、山之辺にもあるそうです。
ここで感心したのは参道脇に神様にお供えする供物を栽培するのか、小さな
畑と田圃が作ってあります。コンテナなどではなく本格的に畝や畦まで作ら
れていて、畦には本物の水田雑草まで植えてあるのです。稲が植えられて暖か
くなれば本格的なビオトープが出来上がりそうです。

左からJR九州の前身で発祥の九州鉄道の開設に尽力したドイツ人技師のレリーフです。
真ん中は神社参道に作られているJR吸収を象徴しているオブジェです。電車ごっこの
小さなお人形がかわいいです。
右は屋上に作られている田圃です。本格的なつくりです。
左から神社の紋章入りのちょうちんです。
中は旧2代目博多駅のホームで使われていた鉄柱です。細工が美しいです。
右は2代目旧博多駅の説明板です。現在地は3代目からで2代目は出来町公園に
ありました。
参道には多くのテントの出店が出ていたので集客と話題づくりのイベント
かと思っていたら住吉神社から分霊した本格的なものでした。住吉神社は
海運、交通安全の神様です。鉄道神社もJRの輸送の安全を祈願したもの
です。調べてみると他にも東京、大阪、山之辺にもあるそうです。
ここで感心したのは参道脇に神様にお供えする供物を栽培するのか、小さな
畑と田圃が作ってあります。コンテナなどではなく本格的に畝や畦まで作ら
れていて、畦には本物の水田雑草まで植えてあるのです。稲が植えられて暖か
くなれば本格的なビオトープが出来上がりそうです。

屋上には本格的な神社が作られています。



左からJR九州の前身で発祥の九州鉄道の開設に尽力したドイツ人技師のレリーフです。
真ん中は神社参道に作られているJR吸収を象徴しているオブジェです。電車ごっこの
小さなお人形がかわいいです。
右は屋上に作られている田圃です。本格的なつくりです。



左から神社の紋章入りのちょうちんです。
中は旧2代目博多駅のホームで使われていた鉄柱です。細工が美しいです。
右は2代目旧博多駅の説明板です。現在地は3代目からで2代目は出来町公園に
ありました。
タグ :鉄道神社
2011年03月18日
布川源流発見
若宮で手打ちのふとん店を営んでおられるよかよかブロガーの
ji-anさんのおかげで布川源流を見つけることが出来ました。
一つは若宮2丁目の料亭野鳥さんの敷地で、もう一箇所が八田
団地バス停のすぐ近くの電気屋さんの駐車場の裏あたりでした。
このあたりは昔は八田団地から舞松原にかけての丘陵地帯の尾根
筋に当たるところかと思います。水源はこの尾根筋の8合目あたり
ですから昔は地下水がわいていたのかもしれません。今はこうして
わざわざ探さない限り単なる町の側溝のひとつです。
今回もう一つの発見があって帰り道を布川沿いに下っていると
ちょうど暗渠がとぎれ川面が見えているところで、水谷方面から
の支流がありました。これもほとんど暗渠でしたが辿ると、舞松原
公民館横の松原公園の崖下から水が流れていました。
水流はこれより上流にはなく、またこの公園の場所が谷筋で住宅地に
開発される前は窪地の湿地か池のような感じだったのではないかと
推察されます。この当たり一帯の地名が「水谷」というところからも
伺えます。




ji-anさんのおかげで布川源流を見つけることが出来ました。
一つは若宮2丁目の料亭野鳥さんの敷地で、もう一箇所が八田
団地バス停のすぐ近くの電気屋さんの駐車場の裏あたりでした。
このあたりは昔は八田団地から舞松原にかけての丘陵地帯の尾根
筋に当たるところかと思います。水源はこの尾根筋の8合目あたり
ですから昔は地下水がわいていたのかもしれません。今はこうして
わざわざ探さない限り単なる町の側溝のひとつです。
今回もう一つの発見があって帰り道を布川沿いに下っていると
ちょうど暗渠がとぎれ川面が見えているところで、水谷方面から
の支流がありました。これもほとんど暗渠でしたが辿ると、舞松原
公民館横の松原公園の崖下から水が流れていました。
水流はこれより上流にはなく、またこの公園の場所が谷筋で住宅地に
開発される前は窪地の湿地か池のような感じだったのではないかと
推察されます。この当たり一帯の地名が「水谷」というところからも
伺えます。

舞松原交差点から八田団地へ行く道路の一本裏に通る側溝が布川の支流のひとつです。

八田団地入り口の尾根筋が支流の出発点です。流れはありませんが一応ここが源流です。

水谷方面の源流です。松原公園の崖下から流れています。

松原公園の地下から湧水しています。
タグ :布川水源
2011年03月17日
菜の花とローカル列車
ローカル線の香椎線に菜の花がまとまって咲いていました。
今頃なら筑後川の土手などもまっ黄色に染まっていることでしょう。
ローカルディーゼル列車との組み合わせで撮りたかったので
近くを探したら九産大の立花寮のそばで小さな群落を見つけました。
線路の両脇に菜の花が満開の図を撮りたかったのですがここは
鹿児島線と並列に線路が走っているので片側だけで我慢です。
今回花と列車の組み合わせで始めて撮ってみましたが、撮り鉄の
方が花と列車の組み合わせで多くの写真を撮っている訳が少し
理解できた気がします。

こちらは鹿児島線です。
今頃なら筑後川の土手などもまっ黄色に染まっていることでしょう。
ローカルディーゼル列車との組み合わせで撮りたかったので
近くを探したら九産大の立花寮のそばで小さな群落を見つけました。
線路の両脇に菜の花が満開の図を撮りたかったのですがここは
鹿児島線と並列に線路が走っているので片側だけで我慢です。
今回花と列車の組み合わせで始めて撮ってみましたが、撮り鉄の
方が花と列車の組み合わせで多くの写真を撮っている訳が少し
理解できた気がします。



タグ :JR九州電車
2011年03月16日
白いソニック
博多CITYにいった際にホームにちょうど白いソニックが停車
していました。JR九州にはユニークな車両が多く見ていても楽
しいです。ソニックは博多から大分まで走る特急です。昔はL特急
といって、いわゆるビジネス特急の後継ですが内装も工夫が多く
くつろげる車両だと思います。白いソニックと同系に長崎線の「かもめ」
があります。こちらも名車の誉れ高い車両です。
ソニックとの違いは外観がソニックが正面の顔に青いラインがあるのに
対し、かもめは黄色いラインです。


していました。JR九州にはユニークな車両が多く見ていても楽
しいです。ソニックは博多から大分まで走る特急です。昔はL特急
といって、いわゆるビジネス特急の後継ですが内装も工夫が多く
くつろげる車両だと思います。白いソニックと同系に長崎線の「かもめ」
があります。こちらも名車の誉れ高い車両です。
ソニックとの違いは外観がソニックが正面の顔に青いラインがあるのに
対し、かもめは黄色いラインです。


タグ :白いソニック
2011年03月15日
3月の棚田
香椎の森の3月の棚田の様子です。啓蟄も過ぎて暖かい日差しと寒の戻りが
繰り返される季節です。棚田もお休み中ですが、下のほうの田んぼは春野菜の
畑になっていました。まだ冬枯れの部分が多いですが畦道には春の草が青々と
芽吹き始めています。今月末には緑の風景に変わっていることでしょう。
春の目覚めが楽しみです。



繰り返される季節です。棚田もお休み中ですが、下のほうの田んぼは春野菜の
畑になっていました。まだ冬枯れの部分が多いですが畦道には春の草が青々と
芽吹き始めています。今月末には緑の風景に変わっていることでしょう。
春の目覚めが楽しみです。

日差しはすっかり春の日差しです。

近くにはフキノトウが生えていました。(ここのものは栽培しているものです)

天ぷらで頂くには育ちすぎですが蕗味噌ならいけます。
タグ :棚田13
2011年03月14日
箱崎神宮花園
箱崎の神苑花庭園に行ってきました。前回行ったときは残念ながら休園日でした。
3,4月は水曜が休園日ですからお気をつけください。
ここはレストランも併設されていて美しい和風庭園を見ながら美味しいお食事が
取れます。食事の後は花園の散策がお奨めです。今は冬牡丹や福寿草の群落など
見ることが出来ます。本殿の紫陽花園とあわせて花好きの方は必見です。




3,4月は水曜が休園日ですからお気をつけください。
ここはレストランも併設されていて美しい和風庭園を見ながら美味しいお食事が
取れます。食事の後は花園の散策がお奨めです。今は冬牡丹や福寿草の群落など
見ることが出来ます。本殿の紫陽花園とあわせて花好きの方は必見です。

花園の入り口です。年中主に和風の山野草の花が見られます。

河津桜です。福岡では余り見かけないと以前書きましたがここには幼木ですが花を
咲かせていました。
伊豆の河津地方では2月上旬に美しい濃いピンクの花を咲かせます。
咲かせていました。
伊豆の河津地方では2月上旬に美しい濃いピンクの花を咲かせます。

ネコヤナギです。私のふるさとの東谷川でも以前は自然護岸のあるところでは
よく見かけましたが今は随分少なくなっています。
よく見かけましたが今は随分少なくなっています。

タグ :河津桜 福寿草
2011年03月14日
冬牡丹
今回の地震で被害にあわれた方々、大変な思いをされていることと
存じます。私に出来ることは限られていると思います。どなたかが
おっしゃっていましたが、皆さんが協力できることは自発的に行う。
日常生活が普通に行える方は、普段の生活をすることも大事と言われ
ていました。私に出来ることでブログを続けることもあるので普段どおり
掲載したいと思います。
冬牡丹
「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」という言葉がありますが
牡丹はまさに春の名花です。芍薬がすきっとまっすぐな花茎の先に花を付
けるのに対し牡丹はずっしりと大きな花を低く付けます。まさに言葉どお
りです。そんな春の名花の牡丹を花の少ない真冬に特殊な管理をして咲か
せたのが冬牡丹です。麦わらの雪囲いの中に咲く牡丹は冬の風物詩として
ぴったりです。2月が最盛期なのでもう盛りは過ぎていますがまだまだ美しさ
は保っています。

存じます。私に出来ることは限られていると思います。どなたかが
おっしゃっていましたが、皆さんが協力できることは自発的に行う。
日常生活が普通に行える方は、普段の生活をすることも大事と言われ
ていました。私に出来ることでブログを続けることもあるので普段どおり
掲載したいと思います。
冬牡丹
「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」という言葉がありますが
牡丹はまさに春の名花です。芍薬がすきっとまっすぐな花茎の先に花を付
けるのに対し牡丹はずっしりと大きな花を低く付けます。まさに言葉どお
りです。そんな春の名花の牡丹を花の少ない真冬に特殊な管理をして咲か
せたのが冬牡丹です。麦わらの雪囲いの中に咲く牡丹は冬の風物詩として
ぴったりです。2月が最盛期なのでもう盛りは過ぎていますがまだまだ美しさ
は保っています。

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タグ :冬牡丹
2011年03月13日
東日本大震災
東北地方を中心にした東日本大震災で被害にあわれた方々には
心よりお見舞い申し上げます。
津波の恐ろしさをまざまざと思い知りました。不明の方々には
一日も早い救助が届くことをお祈りします。
福岡も警固断層がありますのでまたいつ発生するかわかりません。
日ごろから意識しなければと本当にそう思いました。
心よりお見舞い申し上げます。
津波の恐ろしさをまざまざと思い知りました。不明の方々には
一日も早い救助が届くことをお祈りします。
福岡も警固断層がありますのでまたいつ発生するかわかりません。
日ごろから意識しなければと本当にそう思いました。